成人向け同人を長く見ていると、「昔は出せたものが今は出しにくい」「あの表現は避けられるようになった」といった話に何度も出会います。ただ、その手の話は伝聞と体感で流通していることが多く、実際に何がどう変わったのかを条文で確かめた話はあまり見かけません。
この記事は、成人向け同人を取り巻く規制について、公的な資料に実際に書かれていることを並べたものです。規制が良いか悪いかは論じません。何がどこに書かれているか、そしてそこから何が読み取れるかを置きます。
この記事が「しないこと」を先に書いておきます
表現規制は、立場によって語り口が大きく変わる話題です。だからこそ、この記事では次の2つをしません。
1つ目は、規制の是非を評価しないことです。規制が行き過ぎているとも、足りないとも書きません。書くのは「条文にこう書いてある」「この年に改正された」という観測と、そこから読み取れる構造の話です。
2つ目は、特定の団体や個人を名指しして批判しないことです。規制をめぐる議論には多くの当事者が関わっていますが、誰かの動機を推測して論じることは、この記事の範囲を超えます。
■ 「規制」という言葉が指しているものは1つではない
まず整理が要ります。同人の文脈で「規制」と呼ばれているものは、少なくとも3つの異なる層に分かれています。国が定める法律、自治体が定める条例、そして法令ではない民間の取り決め(プラットフォームの規約や決済まわりの条件)です。
この3つは、誰に対して何を義務づけているかがまったく違います。名宛人が違えば、破ったときに何が起きるかも違う。ここを混ぜて語ると、話は必ずぼやけます。以下では層ごとに見ていきます。
法律の層:刑法175条に実際に書かれていること
成人向け表現を語るときに最初に出てくる条文が、刑法第175条です。以下は、e-Gov法令検索の法令データにある現行条文から引きます。
条文の見出しは「わいせつ物頒布等」。第1項の前段は、わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者を処罰対象とし、法定刑を「二年以下の拘禁刑若しくは二百五十万円以下の罰金若しくは科料」とし、拘禁刑と罰金の併科もあり得るとしています。
そして第1項の後段に、こうあります。「電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。」
第2項は、有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も同項と同様とする、と定めています。
■ 「頒布」に通信が明文で含まれている、という点
デジタル同人の観点から見て意味が大きいのは、後段の存在です。物理的な本や記録媒体の受け渡しだけでなく、通信によってデータを送ること自体が条文上の「頒布」として明示されている。これは、データが売り物の中心になった時代の同人にとって、直接効いてくる書きぶりです。
なお、この条文が扱う「わいせつ」に何が当たるかの判断基準そのものは、条文の文言だけからは決まりません。それは条文ではなく判例の蓄積が担っている領域だと考えられます。条文から読み取れるのは、そういう条文が現に置かれている、というところまでです。線引きがどこにあるかは、条文の字面の外側にある問題として立っている、という見方ができます。
この構造には、作り手から見たときの厄介さがあります。条文は誰でも読めるのに、読んでも自分の作品が該当するかどうかは条文からは決まらない。公開されていることと、予見できることは、別のことなのだろうと思います。
■ 条文の刑名が「拘禁刑」になっている
現行条文は、刑名を「懲役」ではなく「拘禁刑」と表記しています。これは刑法全体の刑名整理を反映したもので、175条だけの変更ではありません。同人の表現内容に関わる改正ではありませんが、「昔読んだ条文の記憶と字面が違う」という混乱は起こり得るので、観測として記しておきます。
条例の層:東京都青少年健全育成条例に書かれていること
法律の下に、自治体の条例という層があります。同人の文脈で最も言及されるのが東京都の「青少年の健全な育成に関する条例」です。以下は東京都例規集の本文と改正沿革から引きます。
まず制定は昭和39年(1964年)8月1日、条例第181号。60年以上前からある条例で、その後たびたび改正されています。
■ 第7条と第8条が、2つの異なる仕組みになっている
この条例の中心には、性質の違う2つの条文があります。
| 条文 |
名宛人 |
性質 |
| 第7条 |
図書類の発行・販売・貸付けを業とする者など |
青少年に販売等しないよう努めなければならない(自主規制の努力義務) |
| 第8条 |
知事 |
青少年の健全な育成を阻害するものとして指定することができる(不健全図書類等の指定) |
第7条は業者側の自主努力を促す条文で、第8条は都知事が指定を行う権限の条文です。作品そのものを禁じる条文ではなく、青少年への販売等を切り分けるための仕組みである、という構造がここから読み取れます。
条文の文言としては、第7条第1号に「青少年に対し、性的感情を刺激し、残虐性を助長し、又は自殺若しくは犯罪を誘発し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの」とあり、第2号では漫画やアニメーションについて、刑罰法規に触れる性交等を不当に賛美し又は誇張するように描いたものが挙げられています。第8条第2号にも、強姦等の著しく社会規範に反する性交等を著しく不当に賛美し又は誇張するもの、という趣旨の文言が置かれています。
ここで目を引くのは、努力義務と指定権限という2段構えになっているところです。刑法175条が処罰の条文であるのに対し、こちらは売り方の条件を動かす条文になっている。同じ「規制」という言葉で呼ばれていても、効き方はまるで違うと考えられます。
■ 2010年の改正で、条文に加わったもの
同人界隈で最も話題になった改正は、いわゆる2010年の改正です。改正沿革にあるのは、平成22年(2010年)12月22日・条例第97号による改正があり、平成23年(2011年)7月1日から施行されたこと、そしてその内容として児童ポルノ及び青少年を性欲の対象として扱う図書類等に係る責務に関する章が追加されたことです。この章に対応するものとして、現行条文には都の責務を定める第18条の8、保護者等の責務を定める第18条の9が置かれています。
この改正の議論で広く知られている「非実在青少年」という語は、現行の条例本文には見当たりません。2026年7月時点の条文を読む限り、この語は条文の文言としては存在していない、ということになります。
ここから読み取れるのは、議論の場で使われた語と、最終的に条文に残った文言は、必ずしも一致しないということだと考えられます。世間が記憶しているのは議論のほうの語で、実際に効いているのは条文のほうの文言です。この2つがずれたまま並走すると、「あの条例で何が禁じられたのか」という話が、条文を読まないまま語られ続けることになる。同人の文脈で規制の話がいつまでも噛み合わないのは、このずれが一因ではないかと思います。
実在と非実在という線:児童ポルノ禁止法の改正
もう1つ、同人の作り手が強く意識してきた法律があります。児童買春・児童ポルノ禁止法です。以下は法務省の広報資料から、2014年の改正について引きます。
改正法は2014年7月15日から施行されました。自己の性的好奇心を満たす目的で児童ポルノを所持等した者を処罰する規定(法7条1項)が新設され、法定刑は1年以下の懲役又は100万円以下の罰金とされています。さらに、この所持罪の適用については施行の日から1年間は適用されないという猶予が置かれました。
■ 「創作物は対象外」と言われている点について
この改正をめぐっては「漫画・アニメ・CGは対象外になった」という説明が広く流通しています。ここは慎重に書きます。
法務省の解説ページは、漫画・アニメに言及していません。同ページが説明していたのは、児童ポルノの定義に関して「殊更に児童の性的な部位が露出され又は強調されているもの」「性欲を興奮させ又は刺激するもの」といった要件であり、創作物の扱いを名指しで論じてはいません。
ここに、東京都条例の「非実在青少年」と同じ形のずれがあるように見えます。「対象外になった」という言い方は、条文がそう書いたというより、条文がそこに触れなかった、という状態を指しているのではないかと考えられます。触れられなかったことと、明示的に除外されたことは、条文の上では同じ形に見えます。しかし後から条文が動いたときに、どちらであったかは効いてくるはずです。
実在の児童を対象とする規制と、絵として描かれたものの扱いが、制度上は別の問題として立てられてきたという構図自体は、条例の側(東京都条例が図書類の内容そのものを扱うのに対し、児童ポルノ禁止法が所持や提供の行為を扱う)を見ても読み取れます。その境界線は、どこかの条文が一度に引いたというより、複数の層のせめぎ合いの中に置かれ続けている、という見方ができます。
法令ではない層:決済とプラットフォームという条件
近年、作り手の間で語られる「規制」の話題は、法律や条例よりも、売り場や決済まわりの条件に移っている印象があります。
この層が法令の層と原理的にどう違うかは、名宛人の話として整理できます。
法律や条例は、公的な手続きを経て文章になり、公開され、改正の履歴が残ります。誰でも条文を読める。この記事が刑法175条や東京都条例の文言を引けたのは、その公開性のおかげです。いつ何が変わったのかも、沿革をたどれば分かります。
一方、民間の取引条件は、当事者間の契約です。作り手は多くの場合その契約の当事者ですらなく、売り場を介した先にある条件の影響だけを受けます。条文にあたる文章を読むことも、改正の履歴を追うこともできない。何がどう変わったのかを外から観測しづらい、という点が、法令の層との決定的な違いです。
■ 名宛人の鎖が長い、ということ
この層では、条件が作り手に届くまでに何段か挟まっていると考えられます。作り手がいて、売り場があり、売り場が使う決済の仕組みがあり、その先にさらに条件を決める側がいる。鎖の末端にいる作り手には、上流で何がどう決まったのかは見えず、結果だけが降ってきます。
法令の層なら、条文が変わったことと、自分の作品への影響を、曲がりなりにも自分で突き合わせられます。この層では、それができない。条件を知ろうとしても、当たるべき条文が存在しないからです。
これは是非の話ではなく、可視性の話です。同じ「規制」という言葉で括られていても、片方は読めて、片方は読めない。この非対称性そのものが、両者のいちばん大きな違いなのだろうと思います。作り手が体感で語るしかなくなるのは、体感しか手元に残らないからではないでしょうか。
規制の変遷を、サークル単位で読むと何が見えるか
ここまでを並べると、規制は1本の線ではなく、性質の違う層が重なったものだと分かります。国の法律があり、自治体の条例があり、その外側に民間の取引条件がある。それぞれ名宛人が違い、可視性も違う。
この見方は、本サイトの立場——作品ではなくサークル(作り手)を単位に同人を読む——と、ここでつながります。
■ 規制の影響は、作品単体では観測できない
ある1作品を見て、それが規制の影響を受けているかどうかは分かりません。描かれなかったものは、作品の中に残らないからです。
ところが同じサークルの作品を時系列で並べると、変化のほうが見えてきます。扱う題材の幅が変わる、注記の書き方が変わる、頒布の場が移る。それらが同時期に複数のサークルで起きていれば、何か外側の条件が動いた可能性を疑う手がかりになります。
ただし、ここには重要な限界があります。作風の変化は、規制以外の理由でもいくらでも起こります。作り手の関心が移った、共作者が変わった、単に売れ行きを見て舵を切った——どれも同じ見え方をします。並べて変化が見えたとしても、それを規制の帰結だと断定することはできません。観測できるのは変化であって、原因ではない。
■ 観測できる範囲を、丁寧に区切る
それでも、条文の層と作り手の層を突き合わせられるのは、サークルという単位を持っているからだと考えています。条文が動いた年が分かり、その前後でサークルの並びがどう変わったかが見える。2つを並べて、慎重に、断定せずに眺める。そこまでが外からできることの範囲だろうと思います。
サークルを追うという行為も、限界を持っています。追える範囲は限られていて、作り手の意図は本人しか知らない。外から見えるのは、出てきたものと、その並びだけです。その範囲で何が言えるかを丁寧に区切ることが、観測するということだと考えています。
この記事の根拠
最後に、この記事の根拠を明示しておきます。
刑法第175条の現行条文の文言・法定刑・第2項の内容(e-Gov法令検索の法令データより原文取得)。電気通信の送信による電磁的記録の頒布が明文で対象に含まれていること。現行条文の刑名が「拘禁刑」と表記されていること。
東京都青少年の健全な育成に関する条例の制定日と条例番号(昭和39年8月1日・第181号)、第7条と第8条の骨子、平成22年12月22日・条例第97号による改正と平成23年7月1日の施行、その内容として児童ポルノ等に係る責務の章が追加されたこと、現行条文に「非実在青少年」の語が見当たらないこと(東京都例規集より)。
児童ポルノ禁止法の改正が2014年7月15日施行であること、自己の性的好奇心を満たす目的での所持等を処罰する規定の新設とその法定刑、施行日から1年間の適用猶予(法務省の広報資料より)。
■ 記述の時点について
本記事の調査は2026年7月17日時点のものです。法令は改正され、民間の取引条件はさらに速く動きます。ここに書いた条文の文言も、いずれ現在のものではなくなります。読む時点との差は、各自で条文にあたって確認してください。この記事が最も自信を持って言えるのは、「条文は誰でも読める」という一点です。