※この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。18歳未満の方は読めません。
一度出し切って、頭が急速に冷えていく。賢者タイム、というやつだ。悠(ゆう)の下半身には、心地よい疲労と、それを追い越すほどの強烈な脱力感が広がっていた。もう、終わりだ。これ以上は――。そう思って身を起こそうとした悠の上に、荒い息を吐きながら、莉乃(りの)が、すっと跨り直してきた。
アスリート並みの体力とスタミナを持つ彼女の身体は、一度の絶頂くらいでは、まったく疲れていなかった。それどころか、血のめぐった肌はさらに熱を帯び、瞳は、一層淫らに濡れている。
賢者タイムを、許さない指先
「り、莉乃、さん……。もう、僕は……」。拒もうとする悠の言葉を、莉乃は、上から深く唇を重ねて封じた。逃がさないように、悠の後頭部を両手で固定し、ねっとりと濃厚な口づけを交わす。唾液の音が、静かな部屋にジュルッと響き、悠の口内に、彼女の甘く熱い吐息が流れ込んでくる。悠は抗おうとした。けれど、その抵抗は、あっという間に、彼女の熱に溶かされていった。
キスを解いた莉乃の唇が、今度は、悠の首筋へと滑り落ちる。汗ばんだ鎖骨や喉元を、熱い舌先で執拗に舐め上げていく。同時に、彼女の手は、萎えかけた悠のものへと伸び、指の腹で、やさしく、けれど力強くしごき始めた。
「……っ」。首筋を舐められた瞬間、悠の背骨が、びくりと跳ねた。声は、殺した。けれど、身体の反応は、隠しようがなかった。「ふふ。……首、弱いんだ?」。莉乃は、その反応を面白がるように、さらに舌を這わせる。
さらに、彼女の空いた手の指先が、悠の胸の突起を、キュッと摘んだ。首筋への舐め擦り、胸への刺激、そして、下半身への手。三方向からの、逃げ場のない攻めに、悠の身体が、大きく波打つ。それでも悠は、声をあげるかわりに、きつく拳を握って耐えた。
だが、身体は正直だった。賢者タイムだったはずのそこが、また、血を集めて、ドクドクと脈打ちはじめる。「ほら……またこんなに硬く。……悠さんって、ほんとはすごくスケベなんですね」。「……ちがっ……身体が、勝手に……」。
上から搾り取る、というレッスン
「ふふ、可愛い。……じゃあ、今度は、わたしが上から」。太く蘇った悠のものを手に取ると、莉乃は、自分の濡れた入り口へとあてがい、ゆっくりと腰を落としていった。最奥まで呑み込んでいく快感に、彼女は背筋をのけぞらせ、「あぁぁんっ……!」と、艶っぽい声をあげる。
完全な、騎乗位の体勢。上から覆いかぶさる莉乃の豊かな胸が、悠の目と鼻の先で、重たそうに揺れていた。彼女は悠の手を引き寄せ、自分の胸へと押し当てさせる。「手、休めないで。……揉みながら、わたしに、搾り取られてください」。
ピラティスで鍛えられた、しなやかで強靭な腰。莉乃は、それを生かして、上から、うねるように腰を振りはじめた。二度目だという背徳感と、逃げ場のない騎乗位の快楽の中で、悠の理性は、二度目の崩壊を迎えていく。喘ぐのは、やはり莉乃のほうだった。悠は、押し殺した呼吸のまま、目の前で揺れる胸に、指を食い込ませることしかできない。
「あぁっ……! 悠さん、出てる……中に、いっぱい……っ!」。鍛え抜かれた腰が、最後の一滴まで絞り取るように、激しく脈打つ。二度目の絶頂を迎えた莉乃は、悠の胸元へ崩れ落ちるように倒れ込み、汗ばんだ肌を重ねたまま、荒い息を繰り返した。最奥に注がれた熱を感じながら、彼女は満足そうに、悠の首筋へ頬を擦り寄せる。「……ふふ。お疲れさまでした。……最高の、練習台でしたよ」。悠は、返事もできず、ただ、天井を見上げていた。
濡れティッシュと、ミネラルウォーター
シャワーを浴びる余裕もなく、二人は、濡れティッシュで互いの身体を拭った。莉乃は「また連絡しますね」と、まるで何事もなかったかのように、さっぱりとした顔でトレーニングウェアに着替え、悠に、冷たいミネラルウォーターを一本、手渡した。
その手際の良さと、からりとした態度が、かえって、悠の胸に、じわりと重く沈んでいった。麻衣のときの、あの、後を引く湿った空気とは、まるで違う。まるで、レッスンが一つ、終わっただけのように。
雑居ビルを出ると、秋の冷たい風が、火照った顔を撫でた。空は、すっかり夕暮れの橙色に染まりはじめている。ひなを保育園へ迎えに行く時間が、刻一刻と近づいていた。落ち葉を踏みしめながら歩く道すがら、悠の胸を、罪悪感が締めつける。身体に残る莉乃の甘い匂いと、内ももに残る生々しい感触が、その罪を、絶えず思い出させた。妻にも、ひなにも、顔向けできない――。
罪悪感が、言い訳を探しはじめる
そのときだった。悠の頭の中に、今まで一度も浮かんだことのない、冷たく、邪な考えが、ふっと過った。――もし、誰かに見られたとしても。「娘の習い事の先生と、サロンの体験モニターの相談をしていた」。そう言えば、言い訳が、立つのではないか。
麻衣のときは、自宅の密室で、二人きりだった。もし見られれば、即アウトの状況だ。それに比べて、莉乃との関係は違う。「娘の習い事の講師」であり、「オープン前のサロンの相談」。客観的な、大義名分がある。たとえ外で並んで歩いているところを近所の人に見られても、いくらでも、ごまかせる――。
そこまで考えて、悠は、ぞっとして、道の途中で立ち止まった。罪悪感を薄めるために、自分から進んで「バレないための言い訳」を組み立て、不貞を正当化しようとしている。自分は、いつから、こんなにずるい大人になったのだろう。妻を裏切っている恐怖よりも、その恐怖に慣れ、日常の隙間で手に入れた「誰にも言えない秘密」に、自分の心が、確実に浸食されていく――そのことのほうが、悠には、ずっと恐ろしかった。
火照りの引いた頬に、夕風が冷たい。悠は、ふと、鞄の中の一冊を思い出した。栞に選んでもらった、あの文庫本。あの静かな古書店の、まっすぐな瞳を思い浮かべると、なぜか、今の自分が、ひどく汚れたもののように思えた。栞になら、この汚れを、見透かされてしまう気がした。それが怖くて――そして、どうしてか、少しだけ、会いたかった。戸惑いと自己嫌悪を抱えたまま、悠の足は、いつものように、娘の待つ保育園へと向かっていた。
(第9話へ続く)
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