※この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。18歳未満の方は読めません。
前回までのあらすじ——売れない小説家で専業主夫の藤宮悠(ふじみや ゆう)は、妻の玲子が出張で不在の夜、ママ友の相沢麻衣(あいざわ まい)から「作りすぎた」と手料理の差し入れを受け、一人で訪ねてきた彼女を家に上げた。薄い化粧と、無防備なルームウェア。その意味に、悠はまだ気づいていない。
子どもがいるうちは、平和だった
ダイニングに料理を並べると、麻衣は「あ、これも」とバッグから缶チューハイを二本取り出した。「一人で飲むのもなんだから、買ってきちゃった。……あ、でも」と、彼女はひなのほうをちらりと見て、笑った。「この子が起きてる間は、やめとこうか」。冷蔵庫からウーロン茶を出して、二つのグラスに注ぐ。
麻衣の手料理は、素朴で、優しい味がした。ひなは「おいしー」と口のまわりを煮汁だらけにして、麻衣に懐いていた。「ひなちゃん、上手に食べられるねえ」。子どもをあやす彼女の横顔は、ただの面倒見のいいママ友のもので、悠は太ももに残っていたあの日の感触のことを、少しずつ忘れていった。気を張っていた自分が、ばかばかしく思えるくらいに。あたたかい湯気の立つ食卓は、あまりにも平和だった。
缶の蓋を、開ける音
ひなが眠ったのは、二十二時を回った頃だった。寝室の襖をそっと閉めて戻ると、麻衣はもう、あの缶チューハイの蓋を、ぷしゅ、と開けていた。「お疲れさま。ね、一杯だけ」。もう一本を、悠のほうへ差し出してくる。
「そろそろ……」と言いかけた悠を、麻衣はやわらかく遮った。「遥、明日まで実家なの。だから今日は、門限もないし、朝もゆっくりでいいの」。だから、もう少しだけ。そう言われてしまうと、たった今まで娘の世話を手伝ってくれていた相手を、追い返す言葉が出てこなかった。悠は、差し出された缶を受け取った。
照明を少し落としたリビングで、二人はソファに並んで座った。子どもの話、近所の話、たわいのない話。けれど、麻衣との距離は、いつの間にか、肩が触れるほどに近づいていた。缶が空になるころ、彼女は悠の顔を、じっと見た。「ねえ、藤宮くん」。声のトーンが、変わっていた。
これ以上は、と思いながら
次の瞬間、麻衣の唇が、悠の唇に触れていた。柔らかく、湿った、酒の匂いのするくちづけ。「……っ、相沢さん」。身を引こうとした悠の後頭部に手を回して、彼女は今度は深く、舌を差し入れてくる。逃げ場を塞ぐような、じっとりとしたキスだった。
その手が、悠の手をとって、自分の胸へと導いた。薄いルームウェアの布越し。——そのとき初めて、悠は気づいた。彼女が、下着を着けていないことに。手のひらに伝わる、直に近い、柔らかな重み。「あ……」。悠が思わず声を漏らすと、麻衣は満足そうに目を細めた。
これ以上はまずい。頭の芯では、はっきりとそう鳴っていた。妻の顔が、一瞬だけよぎった。それでも、押しつけられた強引なキスを、悠は振りほどけなかった。振りほどけないまま、手のひらの中の、生々しく温かく柔らかいものを、そっと揉んでしまっていた。「……ん、優しいね」。麻衣が吐息まじりに囁く。「でも、もっと。……もっと、しっかり触って」。乞われるまま、悠の指に力がこもる。
「これ以上は……本当に、言い訳ができなくなる」。かすれた声で、悠がかろうじてそう告げた、そのときだった。麻衣の手が、するりと下へ伸びて、悠の下半身に触れた。スウェットの布を、内側から押し上げているもの。彼女は、それをやわらかく手のひらで包み、いたずらっぽく笑った。「こんなに堅くしてるのに。……悠くんって、嘘つきだね」。
襖の向こうの、小さな声
布越しに、亀頭のあたりを指の腹で撫でられる。悠は、漏れそうになる声を、奥歯を噛んでこらえた。麻衣の指は、じらすように、何度もそこをなぞる。押し上げるものは、その手のなかで、さらに硬さを増していった。
やがて、麻衣の姿勢が、ゆっくりと低くなった。床に膝をつき、悠を見上げる。上目遣いのまま、視線を外さずに、スウェットのウエストに指をかけて、ずらす。あらわになった先端に、彼女はそっと舌先を這わせた。ぬるり、とした感触。そして、また、悠の目を見る。
「ちょっと、待っ——」。制止の言葉は、最後まで音にならなかった。麻衣が大きく口を開き、生温かく湿った感触が、悠のものを、根元まで包み込んだからだ。ゆっくりと、じゅぷ、じゅぷ、と音を立てて、彼女は顔を前後させはじめた。悠は、とっさに彼女の肩に手を置いた。けれど、押し返すことは、どうしてもできなかった。「……っ、う」。こらえきれない声が、喉から漏れた。
麻衣の動きが、少しずつ激しさを増していく。その心地よさに、悠の全身から力が抜けていって、肩に置いていた手が、力なく下がりはじめた。彼女は、それを見逃さなかった。落ちてきた悠の手を、ふたたび自分の手でつかむ。そして、その手を、下から自分の胸へと導いた。フェラチオの体勢のなかで、ルームウェアの前は、いつのまにか、二つ目のボタンまで外れていた。押さえるもののない胸が、彼女の動きに合わせて、ゆれている。
悠の指先が、その柔らかな膨らみに、触れる——ちょうど、その瞬間だった。
寝室の襖の向こうで、ごそ、と物音がした。
「……おとーさーん」
ひなの、寝ぼけたような声。二人は、はじかれたように離れた。麻衣は慌ててルームウェアの前を掻き合わせ、悠は乱れたスウェットを直して、近くにあったクッションを膝の上に引き寄せる。心臓が、痛いほど鳴っていた。「……はいはい、どうした」。声だけは、なんとか父親のものに戻して、悠は寝室へ向かった。
「ひな、どうした?」。布団の中で、娘は小さくもぞもぞしていた。「なんかね。……おなかが、ちょっといたいかんじがするの」。悠は娘の背中をさすった。「食べすぎちゃったのかな。トイレは、大丈夫? お水、飲む?」。「……うん。おみず、のむ」。
その、あまりにも他愛のないやりとりのあいだに、悠のなかの空気は、一気に、日常のほうへと戻っていった。台所で水をくんで飲ませると、ひなの機嫌は少しずつ直っていった。ただ、いちど目を覚ますと甘えたくなるのか、娘は悠のパジャマの裾をきゅっと握って、そばを離れようとしなかった。
玄関で、後ろ手に伸びた指
リビングに戻ると、麻衣は、乱れた服をきちんと整えて、ソファから立ち上がっていた。彼女も、あの物音で、我に返ったのだろう。「……ひなちゃん、遅くまで、ごめんね」。少しだけ、決まりの悪そうな笑みを浮かべて、そう言った。「今日は、そろそろ帰るね」。
悠のそばを離れないひなと二人で、玄関先まで麻衣を送った。「おやすみ、ひなちゃん」。麻衣は娘の頭を撫でて、コートに袖を通す。「じゃあ、藤宮くん。ごちそうさま……じゃなくて、こちらこそ、ごちそうさまでした」。冗談めかして、彼女は笑った。
ドアが、ゆっくりと閉じかけた、そのときだった。麻衣の手が、後ろ手に、すっと伸びてきた。ひなからは見えない角度で、その手のひらが、悠の股間に、そっと触れる。撫でるように、一度だけ。そして、悠の耳もとで、囁いた。「——またね」。
何事もなかったような顔でコートの前を合わせ、麻衣は夜道へと消えていった。台所の流しには、彼女が料理を運んできたタッパーが、まだ洗われないまま、残されていた。
(第3話へ続く)
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