百合とBLは対義語ではない|生まれた場所も時期も、指すものも違う

似た形で向きの違う二つの紙、どちらも主役ではなく並んでいる

「男同士がBLで、女同士が百合」。だいたいそう説明されますし、それで話は通じます。ただ、この二つの言葉は対になって生まれたわけではありません。出てきた場所も、時期も、そもそも何を指すために作られたのかも違います。この記事では、どちらが上ということを言わずに、その違いだけを整理します。

まず、この二つは「対義語」ではありません

百合とBL。並べて書かれることが多いので、鏡写しの関係にあるように見えます。男女を入れ替えただけの、同じ構造の言葉。そう理解している方は多いと思います。

ですが、言葉の出自を辿ると、この二つはまったく別の場所から来ています。片方は商業誌の売り文句として作られた言葉で、もう片方はゲイ雑誌の読者投稿欄の名前から広がった言葉です。生まれた年も十年以上離れています。

だから「BLの女性版が百合」という説明は、便利ではあるものの、成り立ちの上では正確ではありません。両者が似て見えるのは、同じ根から分かれたからではなく、別々に育った二本の木が、たまたま近い場所に枝を伸ばした結果に近いものです。

■ 違いを整理する前に

以下で扱うのは、あくまでフィクションのジャンル名としての「百合」「BL」です。現実の同性愛や性的指向の話とは別の層の話になります。この区別は後半でもう一度触れますが、混同すると話が一気にややこしくなるので、先に断っておきます。

BLという言葉が定着するまでに、三つの名前があった

男性同士の恋愛を描く作品群は、「BL」と呼ばれる前にいくつもの名前を通過しています。

■ 少年愛、そして『JUNE』

1970年代、竹宮惠子をはじめとする少女漫画家たちが、美少年・美青年同士の関係を扱った作品を発表しました。竹宮惠子『風と木の詩』は1976年から1984年まで連載されたとされ、この系譜の初期の代表作として挙げられます。当時この領域は「少年愛」「美少年もの」「耽美」などと呼ばれていました。

そこに雑誌が現れます。『comicJUN』が1978年10月に創刊され、のちの『JUNE』へと繋がっていきます(『JUNE』本誌の創刊は1981年とされます)。この雑誌は「耽美」というジャンルの輪郭を作った媒体として語られ、ここから「JUNE」という語自体がジャンル名として使われるようになりました。オリジナル作品の、耽美的な、悲劇性を帯びた男性同士の物語。それがJUNEでした。

「やおい」は自嘲から始まった

一方、同人の側から出てきたのが「やおい」です。語源は「ヤマなし・オチなし・意味なし」初出は1979年12月20日発行の同人誌『らっぽり』やおい特集号とされています。

ここが面白いところで、この語はもともと男性同士の恋愛を指す言葉ではありませんでした。「筋のない、中身のない創作物」という自嘲の言葉だったものが、既存作品の男性キャラクター同士の関係を読み替える二次創作の実践と結びつき、そのジャンル名として定着していきます。

そして当時、JUNE系の作家たちの側には「自分たちの作品はやおいではなくJUNEである」という自負があったとされます。同じ領域に見えて、オリジナルと二次創作、耽美と自嘲という線がそこには引かれていました。

「BL」は売り文句として作られた

「ボーイズラブ」という語の初出は、1991年12月10日に創刊された雑誌『イマージュ』(白夜書房)のキャッチコピー「BOY’S LOVE COMIC」だとされています。考案者は編集プロダクション代表の荒木立子とされます。

つまりこの言葉は、研究者や当事者が名付けたものではなく、商業出版の現場で、棚に置くための呼び名として作られたいうことになります。その後1992年に『BE×BOYコミックス』、1993年に『マガジンBE×BOY』が登場し、1994年の雑誌特集などを経て「ボーイズラブ」という呼称が共有されていきました。2000年代初頭までの十年ほどで、総称は「やおい」から「BL」へ移っていったとされます。

現在では、二次創作を「やおい」、オリジナルの商業作品を「BL」と呼び分ける整理が一般的です。ただしこの使い分けは厳密なルールではなく、話者によって揺れます。

「百合」は、まったく別の入口から入ってきた

では百合はどうか。この語の来歴は、BLとは似ても似つきません。

■ ゲイ雑誌の投稿欄から

「百合」の語源は、1970年代のゲイ雑誌『薔薇族』にあるとされます。同誌の編集長・伊藤文學が、男性同性愛者を指す「薔薇族」に対して「百合族」という言葉を用い、女性読者の投稿コーナー「百合族の部屋」を設けました。ここが出発点だと言われています。

ここで一度立ち止まる価値があります。百合という言葉は、フィクションのジャンル名としてではなく、現実の女性同性愛者を指す呼び名として世に出たいうことです。BLが商業誌の売り文句として生まれたのと、性質がまるで違います。この出自の差が、後々まで「百合とは何を指すのか」という議論の複雑さに繋がっていきます。

■ 隠語から、ジャンル名へ

1983年の映画『セーラー服 百合族』のヒットが、この語を狭い界隈の隠語から広い場所へ押し出したとされます。そして2000年代前半、『マリア様がみてる』が広く読まれたことで、現在に近い意味での「百合」が普及していきました。

ジャンルとしての制度化はさらに後です。百合専門誌『百合姉妹』の創刊が2003年、その実質的な後継である『コミック百合姫』の創刊が2005年。BLの商業誌が90年代前半に立ち上がっていることを思えば、百合の専門誌が揃うのは十年以上あとになります。

ただし、これを「百合の方が歴史が浅い」と読むのは早計です。作品の系譜としては、吉屋信子の『花物語』が1916年から少女雑誌に連載されており、そこで描かれた少女同士の親密な関係——当時「エス」と呼ばれた関係性——が、後の百合作品の源流として位置づけられています。言葉が生まれた時期と、その言葉が指す作品が生まれた時期は、まったく別のだということです。同じことはBLにも言えます。「BL」という語より、竹宮惠子らの作品の方が十五年ほど先にあります。

では、指しているものの範囲はどう違うのか

ここからは年号の話ではなく、使われ方の話になります。以下は本記事の整理であって、定説ではありません。定義には諸説あり、話者によって大きく揺れる領域です。

■ BLは「恋愛」がジャンル名に入っている

「ボーイズラブ」という語には、そのまま「ラブ」が含まれています。商業ジャンルとして立ち上がった経緯もあり、恋愛あるいは性愛が描かれることが、ジャンルの前提として組み込まれている理解されることが多いようです。棚に並べるための名前だったのだから、当然といえば当然かもしれません。

■ 百合は「関係性」まで含んでしまう幅がある

対して百合は、恋愛関係にまで至らない親密さ、友情とも恋愛とも決めがたい距離、憧れ、執着といったものまでを含めて語られる場面があります。「GL(ガールズラブ)と混同されやすいが、百合はそれより広い範囲の関係・作品を指す」という説明がなされることもあります。

この幅の広さは、おそらく源流の性質と無関係ではありません。「エス」と呼ばれた関係が、そもそも名前のつかない親密さだったからです。百合というジャンルは、名指しできない関係を扱う語彙を最初から持っていた——これは筆者の推測であり、裏を取った話ではありません。

ただし念のため書いておくと、これは「百合は性的でない」という意味ではありません。そう読むと、また別の誤りになります。成人向けの百合作品は普通に存在します。幅が広いというのは、片方の端だけを見て全体を語れないということです。

攻めと受け、そして表記の作法

実務的な違いとして、しばしば挙げられるのが役割の記号化です。

BLには「攻め」「受け」という語彙があり、カップリングを「A×B」と表記するとき、左が攻め、右が受けという作法が広く共有されています。この左右は多くの場合固定されており、順序が入れ替わると別の組み合わせとして扱われるほど、記号としての強度があります。

百合にも「×」表記は使われますが、左右の非対称性がBLほど強く固定されていない、と語られることが多いようです。ただしこれは傾向の話であり、統計的な裏付けを確認したわけではありません。作品にもコミュニティにもよります。

ぜ差が出るのか。ここも推測になりますが、BLが二次創作の実践の中で「どちらがどちらか」を明示する必要に迫られ続けた——検索し、選び、避けるために——という事情が効いている可能性はあります。表記の作法は、作品の性質というより読者が作品を探す仕組みの側から生えてくるものだからです。

フィクションのジャンルと、現実の性的指向は別の話です

ここが、この記事で最も慎重に書くべき部分です。

「BL」も「百合」も、フィクションを分類するための語です。現実に同性の相手を好きになる人々の存在や生活を説明する言葉ではありません。この二つを重ねて語ると、実在する人々をジャンルの一部として扱ってしまうことになります。

先に見たとおり、百合という語には元がゲイ雑誌の投稿欄——つまり現実の当事者の場——だったという経緯があります。そこからジャンル名へ転用されてきた歴史がある以上、この語の扱いには他のジャンル名より神経を使う理由があります。

「BLはリアルなゲイの姿を描いていない」といった議論も、繰り返し提起されてきました。この記事はその議論に結論を出す立場にありません。当事者ではない書き手が、当事者の受け止め方を代弁して語ることは、この記事ではしません。それは別の人が別の場所で語るべきことです。

ここで言えるのは一つだけです。ジャンルの話をしているとき、私たちは作品の話をしているのであって、誰かの人生の話をしているのではない。この線を踏み越えないことが、この領域を語るときの最低限の作法だと考えます。

どちらが上でも、健全でも、古くもありません

この手の比較でよく出てくるのが、「百合の方が健全」「BLの方が歴史がある」といった評価です。どちらも、根拠を辿ると崩れます。

「百合の方が健全」は、おそらく百合が恋愛未満の関係まで含む幅を持つことから来た印象でしょう。ですが幅が広いというのは、性的な作品が無いという意味ではありません。片方の端を全体だと思い込んでいるだけです。

「BLの方が歴史がある」も同様です。「ボーイズラブ」という語は1991年、「百合」という語は1970年代。語としては百合の方が先です。一方、専門誌の整備はBLが先。作品の源流を見れば『花物語』が1916年で、これは竹宮惠子らの作品より半世紀以上前にあたります。何を基準に取るかで順番がひっくり返るのだから、そもそも競わせる意味がありません。

■ サークルを単位に見ると、線はもっと曖昧になる

本サイトは、同人を「作品」ではなく「サークル(作り手)」の単位で読むことを主張しています。この視点で見ると、百合とBLの境界はさらに緩みます。

両方を手がけるサークルは珍しくありませんし、片方から片方活動の重心を移していくサークルもあります。作り手の側にあるのは「BLを描く人」「百合を描く人」という所属ではなく、「特定の関係の形に惹かれている人」という、もっと手前の何かであることが多い。ジャンル名は、その手前にあるものを棚に置くために後から貼られたラベルです。

実際、この記事で見てきたとおり、「BL」というラベルは文字どおり棚のために作られました。ラベルは便利ですが、ラベルを見て作り手の関心まで分類できると思うと、見誤ります。

結局、違いは何なのか

整理します。

BL 百合
語の出自 商業誌のキャッチコピー(1991年『イマージュ』とされる) ゲイ雑誌の読者投稿欄「百合族の部屋」(1970年代『薔薇族』)とされる
語が最初に指したもの フィクションのジャンル(最初から作品の呼び名) 現実の女性同性愛者(後にジャンル名へ転用)
先行した呼称 少年愛・耽美・JUNE・やおい エス(戦前の少女小説における関係の呼び名)
専門誌の整備 1990年代前半 2003年『百合姉妹』・2005年『コミック百合姫』

違うのは、扱う性別だけではありません。言葉がどこから来たか、最初に何を指していたか、いつ棚になったか。そのすべてが違います。似た形をしているのは結果であって、設計ではないのです。

お、この記事で挙げた年号は百科事典を含む二次資料に依拠しており、当時の雑誌の現物には当たれていません。「〜とされています」という書き方を通したのはそのためです。この領域は研究の蓄積がある一方、初出の特定には諸説あるものだと理解しておくのが安全だと考えます。