SNSで「概念カプが好き」「これは完全に概念」といった言い方を見かけて、意味が分からずに検索した方が多いと思います。この「概念」は、辞書に載っている「概念」とは少し違う使われ方をしています。この記事では、辞書の語義を出発点にして、同人・オタク文脈で「概念」がどう使われているのかを整理します。用語の解説から入りますが、最終的には「なぜそんな言葉が必要になったのか」という話になります。
まず、辞書の「概念」を確認します
遠回りに見えますが、辞書の定義から始めます。ここを押さえておくと、オタク用語としての「概念」が突飛な誤用ではないことが分かるためです。
コトバンクに収録されている『精選版 日本国語大辞典』は、概念を「個々の事物から共通な性質を取り出してつくられた表象」と説明しています。『デジタル大辞泉』は「物事の概括的な意味内容」「事物の本質をとらえる思考の形式」とし、概念が内包(意味内容)と外延(適用範囲)からなるとしています。ブリタニカ国際大百科事典も、論理学の用語として内包・外延の対を挙げています。
要するに、辞書の「概念」とは個別のものから共通する性質だけを抜き出した、抽象的な枠のことです。「犬」という概念は、目の前にいる特定の一匹ではなく、無数の犬から共通性だけを取り出した枠を指します。
■ 抽象化という一点が、そのまま持ち込まれています
ここを踏まえると、オタク用語としての「概念」も理解しやすくなります。同人・オタク文脈での「概念」も、個別の具体物から何かを抜き出して、抽象的な枠として扱うという点は同じです。違うのは、抜き出す対象が「事物の共通性質」ではなく、特定の対象が持つ雰囲気・要素・関係の形である点だけです。
つまり、まったく別の言葉が偶然同じ字を当てているのではなく、辞書の意味から一歩ずらした形で使われている、と考えるのが実態に近いはずです。
「◯◯概念」という言い方から入ると分かりやすい
「概念カプ」の前に、より使用例の多い「◯◯概念」から見ていきます。
用語解説サイト「同人用語の基礎知識」は、この用法の「概念」を、元の事柄からある特定の要素を抽出し、その要素を限定的に誇張・強調して、あたかもそれが本質であるかのように扱うことだと説明しています。例として挙げられているのは髪の色です。あるキャラクターの設定色が赤であれば、赤いものはそのキャラクターの「概念」として機能しうる、という説明になっています。
また、numanが提供しエキサイトニュースに掲載された用語解説記事(2023年9月17日付)では、「概念グッズ」「概念アクセ」「概念ソング」といった派生語が紹介されています。推しの設定色に合わせたアクセサリー、推しを思い出させる曲、といったものを指す言い方です。
■ 「そのものではないが、それを指している」もの
この用法の核にあるのは、対象そのものではないのに、対象を確実に指してしまうものという感覚です。公式グッズは対象そのものを描いています。一方「概念アクセ」は、キャラクターの絵も名前も入っていません。それでも、知っている人にはそれが誰を指しているのかが分かります。
この「知っている人には分かる」という部分が重要です。辞書の概念が内包と外延を持つように、この用法の「概念」も、どこまでが◯◯概念でどこからが違うのかという適用範囲を、使う人たちがなんとなく共有しています。
「概念カプ」は、実在の組み合わせを指していないことが多い
本題です。「概念カプ」「概念系」という言い方は、辞書にも主要な用語事典にも収録を確認できませんでした。定義が確定した語ではないため、以下は複数の用例から読み取れる傾向として書きます。断定はできません。
まず前提として、同人における「カップリング(カプ)」は、作品のキャラクター同士の関係を表す語です。日本語版ウィキペディアの「カップリング (同人)」では、「A×B」という表記で、×の前が攻め、後が受けにあたるとされています。「A×B×A」は役割が入れ替わりうる関係、「A+B」「A&B」は恋愛でない友情関係、「A→B」は片想いを表すといった使い分けも紹介されています。つまり通常のカプ表記は、必ず具体的な誰かと誰かを名指しします。
■ 名指しをやめたときに残るもの
「概念カプ」と呼ばれる用法は、この名指しをいったん外したところで使われることが多いようです。特定の作品の特定の二人ではなく、その二人が体現している関係の形そのものを指します。
たとえば「幼馴染で、片方だけが気づいていない」「かつて敵同士だった」「師弟だが立場が逆転していく」といった関係の型があります。これらの型は、特定の作品を離れても成立します。「あの二人がすごく好きなのではなく、ああいう関係の形が好きなのだ」と自覚したとき、その好みを名指しする言葉として「概念」が使われる、という構図です。
■ もう一つの使われ方
ただし、同じ「概念カプ」という語が、好きなカップリングを連想させるものを指して使われることもあります。前節の「概念グッズ」と同じ用法で、二つ並んだ小物、対になった色、といったものを「概念」と呼ぶ言い方です。
どちらが正しいという話ではありません。「実在の組み合わせではなく、それを抽象化したものを指す」という点では、両方とも同じ動きをしています。語の使われ方に幅がある、と理解しておくのが実態に合っているはずです。
なぜ、こういう言葉が必要になったのか
用語の意味が分かっても、「なぜわざわざそんな言い方をするのか」が分からないと、腑に落ちないと思います。
理由の一つは、関係の型には、もともと名前がなかったことだと考えられます。恋愛には「両想い」「片想い」といった既存の語があります。しかし「昔は対等だったのに、片方だけが先に進んでしまった二人」に相当する一語は、日本語に用意されていません。
それでも、その形に惹かれる人はいます。名前がない対象を語ろうとすると、毎回長い説明が必要になります。「◯◯概念」という言い方は、その長い説明を一語に畳む役割を果たしています。
■ 対象が「人」から「関係」へずれている
もう一つ指摘できるのは、この語の使われ方が、好意の対象を個人から関係へずらしている点です。「このキャラが好き」ではなく「この関係の形が好き」という言い方は、対象の捉え方が一段抽象的になっています。
関係そのものへ視線が向くという傾向は、「尊い」という語の使われ方とも重なります。こちらは別の記事で扱っているので、語の背景に興味があれば「尊い」って、結局どういう意味ですかを参照してください。カップリングという語そのものの作法については「推しカプ」とは何のことですかで扱っています。
「妄想」とは何が違うのか
「関係の型を抽象化したもの」と言われると、それは個人の思い込みと何が違うのか、という疑問が出ると思います。ここには一応の線引きがあります。
先述の「同人用語の基礎知識」は、「概念」を「妄想」および「設定」と区別しています。「設定」は公式が明示したもの、「妄想」は個人的な解釈で人によって内容が異なるもの、「概念」は複数の人が共通認識として受け入れているもの、という整理です。同サイトは、概念は複数人による共有と承認が成立して初めて機能する、と説明しています。
この線引きは、辞書の「概念」が持つ性質と対応しています。辞書の概念が言語によって表され、他人と共有できる枠であるように、この用法の「概念」も、通じなければ概念として機能しません。一人の中だけにある解釈は、この整理では概念ではなく妄想の側に置かれます。
■ 三者の関係を整理すると
| 語 | 誰が決めるか | 共有されているか |
|---|---|---|
| 設定 | 公式・原作 | されている(明示的) |
| 概念 | 受け手の側 | されている(暗黙的) |
| 妄想 | 個人 | されていなくてよい |
もっとも、この三者の境目は固定されたものではありません。一人の解釈として始まったものが、賛同する人が増えるにつれて共有され、いつのまにか「概念」として扱われるようになる、という移動は起こりえます。境界線は動く、と考えておくのが安全です。
この言葉は、どこまで通じるのか
最後に、注意点を挙げておきます。
「概念」というオタク用語は、界隈によって通じ方に差があります。ジャンルによっては日常語として定着している一方、まったく使われない領域もあります。用語事典の記述にも幅があり、本記事で確認した範囲でも「推しを連想させるもの」という説明と「要素を抽出して誇張したもの」という説明が併存していました。
したがって、この語を使うときは相手に通じる前提で話さないのが無難です。逆に、誰かが使っているのを見たときは、その人がどちらの意味で使っているのかを文脈から判断する必要があります。同じ言葉が、話し手によって指すものが違う、という状態にあるためです。
■ 発生時期は確認できませんでした
この語がいつ、どの界隈から広まったのかについては、複数の解説記事が触れているものの、裏付けとなる一次資料を確認できませんでした。そのため本記事では発生時期・発生源を書いていません。「概念グッズ」等の派生語が用語解説として紹介されていたのが2023年時点である、という事実だけが確認できた範囲です。
■ 作り手の側から見ると
本サイトは、同人を「作品」ではなく「サークル(作り手)」の単位で読む、という視点を取っています。この視点から見ると、「概念」という語はもう少し別の意味を持ちます。
同じサークルの作品を時系列で並べると、扱う作品やキャラクターが変わっているのに、関係の型だけが一貫しているということが起こります。題材が入れ替わっても、繰り返し同じ形の関係が描かれる。これは、その作り手が持っている「概念」が作品を通して現れている、という読み方ができます。作品単位で見ていると気づけない性質です。
実際の同人作品を見てみる
ここまでは言葉の話でした。関係の型が実際にどう作品として形になっているかは、FANZA同人の人気順から確認できます。順位・評価はFANZAの実データで、随時更新されます。
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