「推しカプ」とは何か|言葉の意味と、知らずに踏み込むと人を傷つける作法

一本の糸で結ばれた二枚の名札と、その結び目

アニメやドラマを観ていて、特定の二人の場面だけ妙に心に残る、ということがあります。その感覚に名前を付けたのが「推しカプ」という言葉です。ただ、この言葉の周りには、知らないまま踏み込むと人を傷つけてしまう作法がいくつか存在します。この記事では、用語の意味から始めて、その作法が何のためにあるのかまでを順に説明します。

「推しカプ」は、好きな「関係性」に名前を付けた言葉です

「推しカプ」は、自分が推している(好んで応援している)カップリングのこと指します。ピクシブ百科事典の「推しカプ」の項目でも、端的に「推しているカップリング」と説明されています。「推しキャラ」がキャラクター一人を対象にした言葉であるのに対して、「推しカプ」は二人の組み合わせ対象にした言葉だ、考えると分かりやすいと思います。

この記事で参照しているピクシブ百科事典は、利用者が自由に編集できる形式の事典です。誰かが査読した学術的な定義ではなく、「その言葉が実際にどう使われ、どう説明されているか」の記録として読むのが正確です。同人の用語はもともと辞書に載る前に現場で使われ始めるものなので、こうした利用者編集型の事典が事実上もっとも詳しい参照先になっている、という事情があります。

「カプ」は「カップリング」の略です

「カプ」あるいは「CP」は「カップリング」の略語です。作品に登場するキャラクター同士を、恋愛的な関係、あるいはそれに近い密度の関係として捉えたときの、その組み合わせを指します。男性同士(BL)、女性同士(百合・GL)、男女(NL)のいずれでも使われる言葉で、BL専用の用語ではありません。

重要なのは、これが原作の設定とは限らないいう点です。原作で恋人同士として描かれている二人を指すこともありますが、多くの場合は、読者や視聴者の側が「この二人の関係はこう読める」と受け取った、その読み方に付けられた名前です。つまりカップリングは、作品の情報であると同時に、読み手の解釈の表明でもあります。この二重性が、後で説明する作法のほぼすべての出発点になっています。

「自カプ」との違い

近い言葉に「自カプ」があります。使い分けには幅がありますが、おおむね「自カプ」は自分が創作したり深く入れ込んだりしている、自分の側のカップリング指すニュアンスで使われます。「推しカプ」のほうがやや広く、読む側・受け取る側の立場でも使える言葉です。ただしこの二語の境界は厳密ではなく、人によって使い方が違います。

なぜ「キャラ」ではなく「二人組」を推すのか

キャラクター一人を好きになるのは、説明のいらない感覚だと思います。分かりにくいのは、なぜ組み合わせ好きになるのか、というほうでしょう。

ひとつの見方として、関係性はキャラクター単体には含まれていない情報だいうことが挙げられます。ある人物が誰と向き合うかによって、その人物の見せる面は変わります。強気な人物が特定の相手の前でだけ言葉に詰まる、寡黙な人物が特定の相手にだけ長く喋る。そうした差分は、二人が同じ場面にいるときにしか発生しません。関係性は、二人の間にだけ存在して、どちらか一方を取り出すと消えてしまうだから、その関係性を保存したいと思ったとき、対象は必然的に「二人組」という単位になります。

もっとも、これは本サイトの見立てです。「なぜ人は関係性に惹かれるのか」という問いに単一の答えがあるとも思えませんし、ここに書いたのは考えられる読み方のひとつだと受け取ってください。

■ 恋愛とは限りません

「カップリング」という語感から恋愛関係だけを想像しがちですが、実際にはもう少し広く使われます。相棒、宿敵、師弟、腐れ縁。名前の付かない緊張関係。そうしたものを含めて「この二人の間にあるもの」を指してカップリングと呼ぶ場面は珍しくありません。恋愛としては読まない、という立場で同じ二人を好む人もいます。

「A×B」という表記が持っている情報量

カップリングは、しばしば「A×B」いう形で表記されます。「×」は「かける」と読んだり、間に何も挟まず「エービー」と読んだりします。

この表記には、明確な決まりがあります。Wikipedia「カップリング (同人)」およびピクシブ百科事典の記述によれば、「×」の(左)に書かれるキャラクターを「攻め」、「×」の後ろ(右)に書かれるキャラクターを「受け」呼びます。左右の位置が、そのまま役割を示す情報になっているわけです。

「攻め」「受け」が意味しているもの

この二語は性的な関係における役割を出発点とする言葉ですが、実際の運用ではもっと広い意味の非対称性指すことが多くあります。どちらが働きかけ、どちらが受け止めるか。どちらが物語の中で能動的な位置にいるか。関係の重心がどちらに寄っているか。そうした、二人の間にある傾きの方向を示す記号として機能しています。

ですから「A×B」という四文字は、単に「AとBの二人が好きです」という意味ではありません。「AとBの関係を、Aからの働きかけを軸として読んでいます」という、解釈の宣言です。ここを読み取れるかどうかが、この文化の入口になっています。

■ 「・」や「&」との違い

関連して、「A・B」「A&B」のように、×以外の記号で二人を並べる表記も使われます。用法には幅がありますが、恋愛関係攻め受けの方向を明示しない、非恋愛的な組み合わせ示すために使い分けられることが多いようです。記号ひとつで「これは恋愛として描いていません」と伝える、という運用です。ただし、この使い分けは領域によって揺れがあり、統一された規格ではありません。

順番を入れ替えると、別物として扱われます

ここが、この記事でもっとも伝えたい部分です。

「A×B」と「B×A」は、同じ二人を扱っていても、別のものとして扱われます。単なる書き方の揺れではありません。ピクシブ百科事典の「逆カプ」の項目は、逆カプを「カップリングに使う二人組が他者と同じだが、カップリング表記の攻めと受けが逆である状態」と説明しています。まさにA×BとB×Aの関係です。

前の節で書いたとおり、左右の位置は関係の方向を示しています。方向が逆になれば、そこで読まれている関係は別のものになります。「同じ二人だから同じでしょう」という感覚は、この文化では通用しません。同じ材料で違う料理を作っている、というくらいの距離があります。

「固定」という立場

この差を、明確な線として持っている人がいます。ピクシブ百科事典の「固定」の項目では、「何があろうとAは攻め、Bは受け」という嗜好を攻め受け固定説明しています。さらに、特定の二人以外の組み合わせを受け付けない嗜好としてのカップリング固定併記されています。

表記の左右に対応して、分類の語も整備されています。同事典によれば、攻め役が固定であることを左固定受け役が固定であることを右固定両方の役割が固定であることを左右固定呼びます。表記の左右がそのまま人の嗜好を表す語になっている、という事実そのものが、この左右がどれだけ真剣に扱われているかを示していると思います。

「リバ」との区別

逆カプと似て非なるものに「リバ」があります。ピクシブ百科事典の記述では、作品の中でA×BがB×Aに逆転する描写がある場合は「リバ」呼び、逆カプとは区別されます。また、作り手が「A×B」と「B×A」を別々の作品として並行して手がける場合や、両方を好む「別軸リバ」という立場も紹介されています。

つまり「両方いける人」も「片方しか受け付けない人」も、どちらも普通に存在します。どちらが正しいという話ではありません。問題になるのは、この違いが伝わらないまま出会ってしまうときだけです。

「地雷」と「棲み分け」——避けるための言葉です

ここまで来ると、「地雷」という言葉の意味が分かりやすくなります。

地雷とは、自分がどうしても受け付けられない要素のことです。ピクシブ百科事典の「固定」の項目では、固定の嗜好を持つ人にとって、逆のペアリングや攻め受けの反転が地雷になりうることが説明されています。カップリング以外にも、特定の展開、特定の描写、キャラクターの扱い方など、地雷になりうるものは人それぞれです。

この語感から「怒りっぽい人が使う言葉」という印象を受けるかもしれません。しかし実際の運用はほぼ逆で、「自分にはこれが無理なので、近づかないようにします」という自己申告として使われます。攻撃のためではなく、回避のための言葉です。

■ 棲み分けは、衝突を避けるための設計です

その回避を仕組みにしたのが「棲み分け」です。ピクシブ百科事典の「棲み分け」の項目は、これを「嗜好・解釈・考え方の違う者同士が、お互いの地雷に当たる表現などを踏んで不快な思いをしないよう、活動の場を明確に分けたり隔てたりすること」定義しています。同項目には、カップリングを巡って荒れやすい領域があること、同じ二人の組み合わせであっても攻め受けが逆になる逆カプだけで荒れることがあるため棲み分けが求められる、という趣旨の記述もあります。

この文化には「検索避け」という慣習もあります。作品名やキャラクター名をそのままの形で書かず、検索エンジンに拾われにくくする工夫です。目的は隠すこと自体ではありません。その解釈を望んでいない人——原作だけを楽しんでいるファン、あるいはたまたま検索しただけの人——の視界に、突然それが飛び込むことを防ぐためです。

■ なぜ、こうした作法が必要になったのか

理由は、これまでの説明を組み合わせると見えてきます。カップリングは解釈です。原作に書かれた事実ではなく、読み手が作品から受け取ったものです。そして解釈は、人によって違います。違って当然です。

問題は、解釈が食い違ったときに、どちらが正しいかを決める方法が存在しないことです。原作に答えは書かれていません。書かれていないからこそ、そこに解釈の余地が生まれています。決着のつかない争いになる構造が、最初から埋め込まれているわけです。

だから、この文化は「決着をつける」のではなく「出会わないようにする」ほうを選んだのだと考えられます。地雷を申告し、棲み分け、検索を避ける。どれも、勝敗を決めずに共存するための手続きです。作法が細かいのは、参加者が神経質だからではなく、正解のない領域で他人を傷つけずにいるには、それだけの手数が要るからだと読むほうが実態に近いと思います。

実在の人物を題材にする場合は、さらに厳しい作法があります

ここまではフィクションのキャラクター同士の話でした。実在の人物を題材にする場合、作法の厳しさは別の水準になります。

この領域は「ナマモノ」(生モノ、nmmn)と呼ばれます。ピクシブ百科事典の記述によれば、実在の人物を題材にした二次創作やそのジャンルを指す俗語で、海外ではRPFなどの略称が使われます。

ナマモノの作法は、キャラクター同士の場合よりはるかに厳格です。検索避けが強く求められ、SNSでは公開範囲を限定した運用が推奨され、本人や関係者の目に触れないようにする配慮が前提とされます。理由は明快で、題材にされている側が、実際に生きて生活している人だからです。名誉や仕事に実害が及びうる、というのがキャラクターの場合との決定的な違いです。

本サイトでは、実在の人物を題材にした関係性の解釈を、具体例として挙げることはしません。「検索に乗せない」というのがこの領域の中心的な規範であり、それを紹介する記事が検索に乗せてしまっては、規範そのものを壊すことになるからです。ここでは「そういう領域があり、そこには外部の人間が軽々に触れてはならない作法がある」という一般論に留めます。

用語を知らないまま入っても、大丈夫です

ここまで読んで、面倒そうだと感じたかもしれません。ただ、実際のところ、読む側でいる限り、覚えなければならないことは多くありません。

最低限のところを挙げるなら、次の三つで足ります。

知っておくこと 意味するところ
「A×B」の左右には意味がある 左が攻め、右が受け。関係の方向を示す情報
A×BとB×Aは別物 入れ替えて呼ばない。同じ二人でも扱いが違う
地雷は自己申告 誰かの地雷を「気にしすぎ」と言わない。避ければ済む

この三つを踏まえていれば、事故のほとんどは起きません。逆に、この三つを知らないまま「この二人いいですよね」と順番を入れ替えて言ってしまうと、悪意がなくても相手を強く傷つけることがあります。知らないことが問題なのではなく、知らないまま踏み込むことが問題いう、それだけの話です。

■ 作り手の側から見ると

本サイトは、作品ではなくサークル(作り手)を単位に同人を読むいう立場を取っています。その視点からカップリング表記を眺めると、少し違うものが見えてきます。

作り手にとって「A×B」という表記は、ジャンルの分類ラベルであると同時に、自分がその二人をどう読んでいるかの署名でもあります。ある作り手が長くひとつの表記を掲げ続けているとき、そこには「この関係はこう読むのだ」という一貫した主張があります。逆に、同じ作り手が別の表記の作品を出したとき、それは単なる浮気ではなく、読み方の更新を意味しているのかもしれません。

表記は、作り手が読者に対して最初に差し出す情報です。作品を読む前に、その一行だけで「この人が何を面白がっているか」の輪郭が伝わる。そう考えると、この作法は制約であると同時に、極めて効率のよい伝達手段でもあった、ということになります。細かいのは、それだけ精密に伝えたいものがあるからです。