サークルを単位に同人を追いかけていると、いつのまにか更新が途絶えたサークルと、十年単位で作品を出し続けるサークルの両方に出会います。両者の違いはどこにあるのか。この問いは自然に見えますが、実は成立が怪しい問いでもあります。消えたサークルの側の情報は、ほとんど残らないからです。
この記事では、継続の条件を構造として考えます。ここで示すのは検証された法則ではなく、観測できる範囲から立てた仮説です。まず、なぜこの問いが法則の形に落ちないのか、というところから始めます。
「続いているサークル」しか観測できないという問題
長く続くサークルの共通点を探そうとするとき、私たちが手にできるサンプルは、定義上すべて「続いているサークル」です。作品ページが残り、告知が読め、過去作が並んでいる。だから分析ができる。一方、三作出して消えたサークルは、アカウントごと消えていることも珍しくなく、そもそも何があったのかを知る手立てがありません。
これは生存者バイアス——生き残った対象だけを観測し、脱落・消滅した対象を観測対象から取りこぼすことで、結論が歪んでしまう統計的な偏り——の典型的な形です。
■ 帰還した機体の弾痕を数えても、致命傷は分からない
生存者バイアスの古典的な事例として広く紹介されているのが、第二次世界大戦中の航空機の防御強化にまつわる話です。帰還した爆撃機の被弾箇所を集計すると、弾痕が集中している部位と、ほとんど弾痕のない部位が出てくる。素朴に考えれば、弾痕の多い部位を補強すべきに見えます。しかし統計学者エイブラハム・ウォールドは逆を指摘しました。補強すべきは弾痕のない部位である、と。そこに被弾した機体は帰還できず、集計対象に入っていないからです。
サークルの継続を語ることは、これとほぼ同じ作業です。続いているサークルの特徴を数え上げても、それは「その特徴があったから続いた」ことを意味しません。続いたサークルにたまたま共通していただけの性質かもしれず、消えたサークルの多くも同じ性質を持っていたのかもしれない。確かめる手段がありません。
■ 継続率という数字は、どこにも積み上がっていない
同人サークルの継続率・平均存続年数・離脱率といった一次統計は、公開されているものが見当たりません。イベント主催者が公開しているサークル参加数の推移のような数字はありますが、それは「その回に参加した団体の総数」であって、個々のサークルが何年続いたか、何割が離脱したかを示すものではありません。そもそも、どこからどこまでを同人サークルと数えるのか——母集団の定義そのものが定まっていない領域です。
したがって以下で述べる継続の条件は、「続いているサークルを観測すると、こういう構造が見えることが多い」という記述であって、「こうすれば続く」という因果の主張ではありません。この区別は最後まで保ちます。
やめる理由は、才能の話をほとんどしていない
興味深いのは、活動を離れた人が自ら書き残した文章を読むと、そこに並ぶ理由が、作品の質や実力の話にほとんど触れていないことです。個人の記録なので母集団を代表するものではありませんが、傾向としては読み取れます。
■ 語られている理由の類型
| 類型 |
具体的に語られる内容 |
| 時間構造の変化 |
就職・転職・異動によって、まとまった制作時間が確保できなくなる |
| ライフステージの移動 |
家族構成の変化、生活設計の中に活動を置く場所がなくなる |
| 関心の移動 |
別の分野の学習・仕事に興味が移り、優先順位が入れ替わる |
| 関係性の消耗 |
サークル間の交流、読者との距離、SNS上のやりとりに疲れる |
| 心身の疲弊 |
日常生活が回らなくなるところまで削れて、離脱を選ぶ |
| 運営負担 |
制作以外の事務——申込・委託対応・会計——が少人数に集中する |
これらに共通するのは、作品の外側で起きているということです。絵が下手だからやめた、売れないからやめた、という単純な理由はむしろ少数派に見えます。「絵の上手さを気にして楽しめなくなった」という形で実力が語られることはありますが、その場合も問題は実力そのものではなく、実力を気にする状態が続くことのほうです。
■ ただし、書き残す人は離脱者の一部でしかない
ここでも同じ限界がつきまといます。「同人活動をやめた」と文章を書いて公開する人は、離脱者のうち、まだ言葉を残す余力がある人です。何も言わずに消えた大多数の理由は、この文章群の中には最初から現れていません。離脱理由の分布として読むのではなく、離脱理由の一部にはこういうものがある、という程度に受け取るのが正確です。
継続の条件を、構造として置き直す
離脱理由が作品の外側にあるなら、継続の条件も作品の外側にあるはずです。観測できる範囲から立てられる仮説を、4つの構造として整理します。
■ 1:固定費が低い
ここでいう固定費とは、金銭だけでなく、活動を維持するために毎回必ず支払うコストの総体です。締切に合わせて数か月拘束される制作サイクル、都度発生する事務作業、外注のやりとり。これらが厚いサークルは、生活側にわずかな変化が起きただけで活動が止まります。逆に、一作あたりの必要投入量が小さく設計されているサークルは、生活の変化を吸収できる余地が大きい。
デジタル同人が紙の同人誌と違うのは、この固定費の一部——印刷費、在庫、搬入——が構造的に消えている点です。ただしそれは「続けやすくなった」ことを意味しても、「続く」ことを意味しません。固定費が下がった分、参入も容易になり、消える側の数も増えている可能性があります。安く始められることと、長く続くことは、別の話だと考えたほうがよさそうです。
■ 2:制作単位が小さく閉じている
一作あたりの規模が小さく、単体で完結しているサークルは、途中で止まっても被害が小さい。逆に、長大な連作を一本抱えているサークルは、その一本が止まったときに活動全体が止まります。「続いている」ように見えるサークルの多くは、実際には何度も止まっているのに、止まった単位が小さいので途切れて見えない——という可能性は検討に値します。継続とは、止まらないことではなく、止まっても再開できる粒度で作っていることかもしれません。
■ 3:関心が再生産されている
作り手が何かに対して持っている関心は、放っておくと減衰します。長く続くサークルを観測すると、扱う題材が少しずつずれていくことがよくあります。これは飽きたから逃げたのではなく、関心を延命させるために題材を移していると読むこともできる。同じ題材を十年やり続けるサークルは、外から見ると一貫していますが、その内側では題材の解釈や切り口が入れ替わり続けていることが多い。
■ 4:依存先が分散している
特定の一人の共作者、特定の一つのプラットフォーム、特定の一つの流行。これらのどれか一つに全体重を預けているサークルは、その一つが消えたときに一緒に消えます。分散しているサークルは、一つが折れても残りで立てる。ただしこれは典型的な事後解釈でもあります。分散していたのに消えたサークルは、当然ながら観測できません。
「消えた」の判定そのものが曖昧である
もう一つ、この問いを難しくしている事情があります。デジタル同人において、サークルが消えたことを確認する方法が存在しないということです。
■ 沈黙は撤退と区別できない
紙の同人誌が中心だった時代、サークルの消滅は比較的観測しやすいものでした。イベントに申し込まなくなれば、そこにいないことが分かる。会場という物理的な場が、出席を毎回可視化していたからです。
デジタル販売では、この可視化が働きません。過去作は販売され続け、ページは残り、購入もできる。新作が二年出ていないサークルと、水面下で長編を作っている最中のサークルは、外から見て区別がつきません。沈黙は、撤退の証拠ではないのです。
■ 「復活」が観測を壊す
実際、数年の沈黙を経て新作を出すサークルは存在します。そうなると、「消えた」と判定した観測は事後的に取り消されます。つまりサークルの継続は、生きているか死んでいるかの二値ではなく、いつ再開してもおかしくない休止状態という第三の状態を常に含んでいる。この曖昧さがある以上、継続率を数えることは原理的に難しく、統計が見当たらないことにも一定の説明がつきます。
それでも、この問いを持つことに意味はある
ここまで書いてきたことを整理すると、「長く続くサークルと消えるサークルの違い」は、厳密には答えの出ない問いです。消えた側のデータがなく、消えたことの判定すら定まらない。にもかかわらず、この問いを持って作品を見ることには実用的な価値があります。
■ 買う側の判断が変わる
サークルを単位に追いかけるということは、そのサークルの未来にいくらか賭けるということです。続き物に入るか、旧作から遡るか、次を待つか。この判断は、そのサークルがどういう構造で動いているかを読めているかどうかで変わります。一作あたりの規模、更新の間隔とその揺れ、題材の移り方、共作者の有無。これらは作品ページから読み取れる情報であり、「続くかどうか」は当てられなくても、「どういう止まり方をしうるか」は見立てられます。
■ 因果ではなく、リスクの形として読む
大事なのは、継続の条件を成功法則として読まないことです。この4つの構造を備えたサークルが必ず続く、とは言えません。言えるのは、これらが欠けているサークルには、その欠けに対応した止まり方のリスクがある、という程度のことです。予測ではなく、リスクの形を知る道具として持っておく。それがこの問いの正しい使い方だと考えます。
■ 消えたサークルを、消えたままにしない読み方
サークル単位で同人を読むことの一つの効用は、消えたサークルの作品が、消えた後も読める対象として残ることです。作品単位で新作だけを追う消費では、更新の止まったサークルは検索結果から静かに落ちていきます。しかしサークルを単位に置くと、三作で止まったサークルの三作は、三作で完結した一つの記録として読める。生存者バイアスを完全に取り除くことはできませんが、少なくとも「続いたかどうか」を作品の価値と混同しない読み方は選べます。続かなかったことは、良くなかったことではありません。
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